憲法改正の是非(2013年6月12日)

第二次安倍政権が発足して半年が経過しようとしていますが、憲法をめぐる現況をみると、極めて危険な状況にあると思わざるを得ません。

今月に入って、文藝春秋7月号、世界7月号、中央公論7月号で、憲法改正に関する特集記事が組まれています。それらを読んで、まず最初に思うのが、安倍首相を含む自民党の改憲肯定派が、本当に憲法について不十分な理解のまま改憲を推進しようとしているのか、それとも、憲法について十分理解した上で、憲法についての基本的な知識を持たない国民を煽って改憲を推進しようとしているのか不明である点です。

仮に、前者、つまり憲法について不十分な理解のまま改憲を推進しようとしているのだとすると、あまりにもお粗末で、この様な政治家たちに未来の日本を任せてよいのか不安になってしまいます。

世界7月号(岩波書店)130頁以下の「改憲潮流2013(上)」によると、磯崎陽輔・参議院議員がツイッターで述べた「(憲法の権威である)芦部信喜先生に憲法を習いましたが、そんな言葉(立憲主義のこと)は聞いたことがありません」という点については、到底、憲法改正を議論している政治家の言葉とは信じられず、呆れてモノが言えません。

立憲主義とは、専断的な権力を制限して広く国民の権利を保障するという思想のことであり、大学で憲法を学ぶ際には、真っ先に出てくる概念です。

おそらく磯崎議員は、少なくとも立憲主義については熟知しているものの、この点を前面に出すと、今後の憲法改正に支障を来すと考えたために、前述の様なツイッターでの発言になったのでしょう。司法試験受験時代に芦部先生の基本書で学んだ者としては、芦部先生が講義で立憲主義に触れていないなどということは信じられません。また、講義で学んでおきながら、立憲主義という憲法の基本中の基本概念について忘れてしまうような方が、憲法改正に関与すべきではありません。

また、磯崎議員は、自民党憲法改正草案が、国民に憲法を尊重する義務を課していることに関連して、現行憲法でも、国民に納税義務等の「義務」を課している点を指摘して、現行憲法にも立憲主義で説明できない条文が存在するのであるから、憲法を改正して国民に憲法尊重義務を課しても問題はない旨述べています(上記「世界」133頁)。

しかしながら、代表的な憲法の基本書である「憲法T第3版」(野中俊彦他3名共著、有斐閣)511頁によると、「国家はその一般的統治権に基づいて、人権の相互調整や福祉の増進のために、国民に対してさまざまな義務を課すことができるが、それは法の支配の原理に基づき、国会の立法によることが必要であり、しかも国民の憲法上の権利を侵害しない範囲にとどまらなければならない、ということこそが立憲主義の要請である」。「(国民の憲法上の義務規定は)具体的な法的義務を定めたものではなく、一般に国民に対する倫理的指針としての意味、あるいは立法による義務の設定の予告という程度の意味をもつにとどまっている」とされています。

これは、つまり、憲法というものは、国家権力を制限し国民の権利を保障するという立憲主義に基づき制定されたものであるから、立憲主義の立場からは、国民の義務規定は、憲法上は、法的な意味を持たないということです。したがって、現行憲法に国民の義務規定が存在することを理由に、改正憲法においても国民に憲法尊重義務を課してもよいのだという論理は成り立ちません。

私は、相変わらず、弁護士日記の執筆を長期間怠ってきました、昨今の憲法改正を巡る状況に接するにつけ、このままでは、将来、国の宝である子供達を戦場に送ることにもなりかねないと切実に懸念し、今回、久しぶりに弁護士日誌を執筆した次第です。

今後も憲法改正について、私の意見を述べていくつもりですが、少しでも多くの方々に憲法についての基本的な知識を習得していただき、何が現在及び将来の国民にとって採るべき最良の道なのか冷静に判断していただれば幸いです。

開業6年目のご挨拶(2012年5月9日)

久しぶりのブログになります。

去る5月5日の子どもの日に、当法律事務所は、開業6年目を迎えました。お陰様で順調に弁護士業務を遂行しております。

昨年は、開業5年目のご挨拶を致しませんでした。業務が多忙であったということの他、東日本大震災という悲惨な災害をマスコミ等の報道で生々しく知るに至り、私の頭の中で、人生とは何か、弁護士の仕事の意義とは何かなどと、答えの出ない問いを繰り返していたため、開業5年目の挨拶で何を書くべきか悩んでいるうちに時が経過してしまったからです。

未だに答えは出ていませんが、当事務所開業の際の理念として掲げた、弱い立場にある市民の方々のために弁護士としてできる限りの力を尽くすしかないのではないかと思います。

開業6年目も、上記心構えを忘れずに尽力致しますので、今後ともよろしくお願い致します。

時効の主張(2011年9月5日)

台風12号の影響で、和歌山県及び奈良県では甚大な被害が出ているようですが、被災者の皆様にはお見舞い申し上げます。

さて、本日は、消滅時効についてご説明します。

私は、以前、裁判所書記官として裁判所に勤務し、民事事件を担当していたこともありました。その民事裁判で、原告(訴えをしている方)が被告(訴えられている方)に対して、請求している債権の消滅時効期間が経過しているにもかかわらず、その債権をもとに金銭の請求をする事件に出くわすことがありました。

民事事件は、原則として、当事者主義といって、訴えの提起や主張・立証などは当事者が主導的に行う建前を採用しています。そのため、公平な第三者たる裁判所は、被告に対して、「消滅時効の主張をすれば支払いを免れることができますよ。」というようなアドバイスをすることができません。

私は、特に被告が日々の生活に汲々としているにもかかわらず、法律問題に疎いため、誠意をもって支払っていきたいという意思を持っておられる様な方の場合、アドバイスできない立場にあることをもどかしく思いながら裁判に臨んでおりました。

そこで、このブログを読んでおられる一般の方に申し上げたいのは、債権者が一般人の場合、その債権は10年で消滅時効にかかりますし、債権者が株式会社等であるためその債権が商事債権である場合には、その債権は5年で消滅時効にかかるということです。

債権者によっては、消滅時効期間が経過している債権であるにもかかわらず、それを承知の上で、「少しだけ支払ってもらえれば、あとはお客様のご負担の少ない方法で返済していただければ結構です。」などと言って、一部の弁済を求める場合があります。

しかし、消滅時効期間が経過している債権について、一部でも支払ってしまうと、信義則上、あとから消滅時効の主張をすることができなくなりますので、ご注意ください。

 

付添看護費(2011年8月29日)

 最近、多少余裕が出てきましたので、先日に続いて交通事故の損害である付添看護費についてご説明します。

 付添看護費とは、交通事故の被害者が入通院をした際、職業付添人や近親者が付き添った場合に要した費用のことをいいます。

 そして、付添看護費については、原則として、@医師の指示がある場合、または、A受傷の部位・程度、被害者の年齢等により必要がある場合に認められます。

 では、どの程度の金額が認められるでしょうか。

 この点、被害者が入院している場合の付添看護費のうち、@職業付添人の場合は、実費の全額、A近親者の付添の場合は、1日につき6500円程度とされています。

 これに対して、被害者が医療機関に通院する際に、被害者の家族などが付き添う場合の通院付添費については、通院1日当たり3300円程度とされています。

 

 

交通事故の損害(治療費)(2011年8月25日)

 前回のブログ作成から随分日数が経過してしまいました。

 今回は、交通事故の積極的損害のうち治療費についてご説明します。

 治療費とは、被害者が交通事故によって被った怪我を治療するために支出した費用であり、診察料、医療品料、手術料、入院料などがそれに該当します。

 そして、治療費については、当該交通事故によって被った傷害の治療に必要かつ相当な範囲であれば、その実費全額が損害として認められます。ここで、「必要かつ相当な範囲」とあるのは、医学的必要性・合理性のない過剰診療や社会一般の医療費水準に比して著しく高額な費用がかかった高額診療については、認められない場合があるという趣旨です。

 ここで注意していただきたいのは、治療費は、原則として、症状固定時までしか認められないということです。この症状固定というのは、これ以上治療をしても症状が改善しない状況のことです。

 ただし、症状が固定したとしても、その後も治療を行わないと症状が悪化するおそれがあり、それを防止する必要がある場合には、例外的に認められることもあります。

 治療費については、@柔道整復・鍼灸・あん摩などの東洋医学に基づく施術、カイロプラクティック療法、温泉療法を行った場合に、それが治療費として認められるのか、A入院をした際に特別室を使用した場合に、差額ベッド代が治療費として認められるのかという問題もあります。

交通事故事件−損害論(2011年2月15日)

 弁護士日記の更新を怠ったまま2011年が明けてしまいましたが、今年もよろしくお願いします。

 さて、これまで弁護士日記の中で、@離婚事件、A労働事件について簡単にご説明をし、B相続事件については途中になっています。今回、年明けとともに心機一転の意味を込めて、今回から交通事故事件についてご説明していきます。近時、道路交通法の改正や厳罰化の傾向から交通死亡事故は毎年減少しているようですが、交通事故自体がなくなることはありえず、誰もが加害者、被害者になりうるものだからです。

 そこで、本日は、交通事故によって被害者は、どの様な損害を被る可能性があるのかという点について、一般的なご説明を致します。

 交通事故によって被害者が被る損害には、大きく分けると、人的損害(人損)物的損害(物損)に分けることができます。

 そのうちの人損は、財産的損害非財産的損害に分けることができます。

 さらに、財産的損害は、積極損害消極損害に分けることができます。

 そして、積極損害とは、被害者が交通事故に遭ったことが原因で支出した金銭的損害のことです。その例としては、病院での治療費、入院費、病院に通院するために要した交通費、葬儀費用、弁護士費用などが挙げられます。

 他方、消極損害とは、交通事故に遭ったことが原因で将来得られるはずだった利益を得られなくなったことによる金銭的損害のことです。その例としては、勤務先の会社等を休んだことによって生じる休業損害、逸失利益(後遺症が残ったことに基づく逸失利益、死亡による逸失利益)が挙げられます。

 また、非財産的損害とは、被害者が交通事故によって精神的苦痛を受けたことによる損害であり,俗に慰謝料と呼ばれています。

 これに対して、物損とは、交通事故によって被害者が乗車していた車が受けた損害であり、車の修理費や代車費用などが挙げられます。

創立3周年(2010年5月6日)

当事務所は、昨日で創立3周年を迎えました。お陰様で極めて順調に弁護士業務をさせていただいております。

創立3年目の終わりころには、交通事故による損害賠償訴訟、婚約不履行による損害賠償請求訴訟、建物明渡訴訟などで判決が下されましたが、おおむね依頼者のご希望通りの結果を得ることができました。

さて、昨年の5月からは裁判員制度が始まり、法テラスの存在も周知されるようになり、市民の方々にとって司法がより身近に感ぜられるようになっております。このような社会状況の下で、当事務所は、創立の理念である「市民のための弁護活動」という初心を忘れることなく、今後も日々研鑽を重ね、依頼者の立場に立って弁護士業務を行っていく所存でございますので、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

尊敬する人(2010年2月12日)

2010年年明けから2回目の弁護士日記執筆になります。私の幼少時代から親しいつきあいをさせてもらっている親友から、弁護士日記をさぼっていることに対して、「もう弁護士日記は閉鎖してはどうか。」という厳しいジョークをもらいました。ですので、法律のご説明ではありませんが、私の尊敬する人について書かせていただきます。

今年の年明けから、いろいろな偉人に関する書籍を読んでおります。正月には、五木寛之氏の「親鸞」を読み、その後、福沢諭吉の「学問のすすめ」と「福翁自伝」、京セラ創業者の稲盛和夫氏の著作、伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏の著作などを読みました

これらを読んで、世に名を馳せ偉大な功績を残した方(残しつつある方も含め)は、表現は異なるものの同じような趣旨のことを言っておられます。簡単に申しますと、人が生まれてきたのは他人のために役立つことをするためだということです。

私の職業は、名目上は社会正義を実現するという他人のために役立つ職業に就いておりますが、果たして実を伴っているのか、いつも反省しきりです。

私は、前述した方々を尊敬申し上げておりますが、以前から私の心の中にあって最も尊敬している人は、今年のNHK大河ドラマの主人公坂本龍馬です。坂本龍馬は、わずかな期間を疾風のごとく駆け抜け、明治維新の礎を構築しました。有名な五箇条の御誓文も、実は、坂本龍馬の発案だと言われております。また、司馬遼太郎氏の「竜馬が行く」などを読みますと、江戸期の人物であるにもかかわらず、知ってか知らずか人権にも造詣が深かったように思いました。

ただ、坂本竜馬を含め前記の偉人も青年時代には、自分は何をするために生きてきたのだろうとひたすら悩み続けたようです。前記の偉人も悩み続けたようですので、私のような凡人は、焦ることなく少しずつ他人のために役立つ仕事をしていきたいと思っています。

最後に、仕事や人生に悩んでおられる方は、前記稲盛和夫氏の「生き方」という本を読んでみてください。何らかのヒントが得られるかもしれません。 

新年のごあいさつ(2010年1月4日)

新年あけましておめでとうございます。

旧年中は、お陰様で順調に弁護士業務を行うことができました。今年も初心を忘れることなく弁護士業務に励みたいと思います。

また、旧年中は、業務の多忙さを理由に弁護士日記(法律問題のご説明)の更新を怠っていましたが、今年は、できるだけ頑張りたいと思っております。

では、今年もよろしくお願い致します。

裁判員制度(2009年8月7日)

真夏の暑さが続いています。高校野球ファンの私にとっては、夏は、やはり暑くないと困ります。ちなみに、私の母校も17年ぶりに甲子園に出場することになりましたので、今年の夏は例年以上に楽しみです。

さて、昨日、4日間にわたる初めての裁判員裁判が終了しました。

予想していたことではありますが、プロの裁判官のみが判断する場合の相場よりも3年程度重い量刑になりました。市民感覚を裁判に反映させるという意味では良いのかもしれませんが、果たしてこのような厳罰化が被告人の更生にどれだけ役に立つのか、今後の検証が必要だと思います。

また、ご担当の弁護士のお話によると、連日、徹夜を強いられたということです。また、裁判員の方の中にも、4日間が限度だという意見を述べておられる方もいます。今回の事件は、殺意の強度という点が争点となっており、比較的簡単な事案だと思います。これに対し、犯行自体を全面的に争う事案で、証人が多数にのぼる事案などは、弁護人及び裁判員の負担は計り知れないものになると思います。

もっとも、裁判員の方は、プロ顔負けのご質問をなさった方もいます。この点については、我々プロの法曹は、反省し、より一層法廷技術を磨いていく必要があると思いました。

夏季休暇のお知らせ(2009年7月24日)

子どもたちの夏休みの初っぱなに46年ぶりの皆既日食も終了しました。これから本格的な夏休みが始まりますが、全国的にすっきりしない天候が続いています。

さて、私は、7月25日(土)から8月2日(日)まで夏季休暇を取らせていただきます。その関係で、その期間中に無料メール相談依頼をいただきましても、ご回答できませんので、ご了承ください。

また、相続問題についてのご説明も滞っています。創立記念日のご挨拶以来の弁護士日記となりますが、また業務に余裕ができましたら、再開させていただきます。

開業2周年(2009年5月5日)

 本日は、当事務所の開業2周年日です。おかげさまで、この2年間は順調でした。3年目もよろしくお願いします。

 ところで、最近、近所のビデオショップで、10年以上前にNHKで放映された「ひまわり」という朝の連続ドラマのビデオ14巻を格安で買ってきました。このドラマは、松嶋菜々子さんが扮する主人公が、OLを辞め自分探しをする中で、弁護士を目指すことを決意し、努力の結果、司法試験に合格し、司法修習を経て、念願の弁護士になり、数々の事件を通して、弁護士及び人間として成長していくというものです。

 このドラマが放映されていた当時、私は、裁判所に勤務しながら司法試験の勉強をしておりましたが、主人公の人生と自分の人生が重なる部分もあって、できるだけ観るようにしていました。しかし、当時の仕事と司法試験の両立という時間的制約の中で、テレビを観ることもままなりませんでしたので、部分的にしか観ていませんでした。そして、前述したように、たまたまビデオショップでこのドラマのビデオが売りに出されていましたので、購入した次第です。

 このドラマの中で、主人公が司法試験の受験に目覚める場面があります。それは、奥田瑛二さん扮する弁護士が主人公に対して、「弁護士とは、人の心を救う職業だ。」と言ったところ、主人公がこの言葉に触発されて司法試験受験を決意する場面です。

 どこの弁護士事務所でも同じだと思いますが、弁護士事務所にご相談にこられる方というのは、程度の差はあるものの、ご自分では解決できない問題を抱え、場合によっては、心がつぶされそうになっている方もおられます。

 私が、当法律事務所を開業したのは、市民の方の身近な問題を町医者的に解決したいと思ったからです。奥田瑛二さん扮する弁護によると、「医者は、人の体を助けるのに対して、弁護士は、人の心を助ける。」ということです。

ですが、果たして、この2年間、すべての事件の依頼者の心を救済してあげられたかというと、胸を張って肯定する自信はありません。

 私は、「ひまわり」の中で、発言された「弁護士とは、人の心を救う職業だ。」という言葉を聞いて、改めて初心に帰らないといけないと意を強くしました。

 ちょうど開業2年目のこの日に、開業をしたときの気持ちに立ち返って弁護士業務に携わって行きたいと決意を新たにした次第です。

 今後ともよろしくお願いします。

単純承認・相続放棄・限定承認(2009年4月16日)

 例のごとく弁護士日記が滞る可能性がありますので、時間があるときには、できるだけ執筆するように努力します。

 さて、今日は、主として、相続放棄についてご説明します。

1  被相続人が死亡すると相続が開始します。したがって、相続人は、何もしないでいたり、以下に述べるような一定の行為をすると(法定単純承認)、被相続人が負っていた債務を相続することになります。そこで、被相続人が多額の債務を負って死亡した場合、相続人は、どのように対処をすればよいかということについてご説明します。

2 法定単純承認

  民法921条は、相続人が以下のような行為をした場合には、相続財産を相続することを承認したものとみなすと規定しています。

 (1) 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、例外があります。

 (2) 相続人が熟慮期間(後述します。)内に限定承認又は相続放棄をしなかったとき。

 (3) 相続人が、限定承認又は相続放棄をした後、相続財産の一部を隠匿・私的に費消したり、悪意により相続財産目録に記載しなかったとき。ただし、例外があります。

3 相続放棄

  被相続人が多額の債務を負っていて、相続人の資力ではとても支払っていくことができないとき、相続人は、相続放棄をすることができます。

(1) 相続放棄の手続き

   相続放棄をするには、相続人は、その旨を家庭裁判所に申述する必要があります(民法938条)。

(2) 熟慮期間

   ここで気をつけないといけないことがあります。それは、相続放棄の申述は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内にする必要があるということです(民法915条1項)。

   この「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義が問題となります。

   この点、最高裁判所は、次のように考えています。

   まず、原則として、相続人が、被相続人が死亡したことと、それによって自己が法律上相続人となったことを知った時から3か月の期間が進行するとします。

   しかし、@相続人が3か月以内に相続放棄や限定承認をしなかったのは、被相続人が全く相続財産を有していないと信じたためであり、A相続人と被相続人が疎遠である等の事情からみて、相続人が被相続人の財産調査をするのが困難であり、B相続人が、被相続人が相続財産を有していないと信じたことについて相当な理由があると認められるときには、熟慮期間は、「相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又はこれを認識し得べき時から起算」するという例外を認めました。

   長い要約で分かりづらいかもしれませんが、要するに、相続人が正当な理由により、被相続人が相続財産を全く有していないと信じていた場合には、例外が認められるという趣旨です。

   もっとも、下級裁判所では、上記最高裁の考え方とは異なる扱いをして、相続人を救済している例もあります。

4 限定承認

  限定承認とは、相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ相続債務を承継するというものです。

しかし、限定承認の方式は煩雑であり、相続人全員で行わなければならないという制約があるため、限定承認はほとんど利用されていないようです。

【参考文献】

「新家族法実務大系B相続[T]」(新日本法規出版、松田亨著、389頁ないし405頁)

 

相続欠格・廃除(2009年4月15日)

 最近、比較的余裕ができてきましたので、順調に弁護士日記を執筆できています。

 さて、今日は、相続欠格と廃除についてご説明します。

第1 相続欠格(民法891条)

 1 推定相続人(相続人となる予定の者)に被相続人の財産を相続させるのが社会通念に照らして妥当でないと考えられる事情がある場合には、そのような推定相続人は相続資格を失います。その事由は、以下のとおりです。

 2(1)故意に被相続人または相続について先順位もしくは同順位にある者を死亡させるなどして刑に処せられた場合

  (2)被相続人が殺害されたことを知ったにもかかわらず、告訴等をしなかった場合

  (3)詐欺または強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、またはその撤回・取消・変更をすることを妨げた場合

  (4)詐欺または強迫によって、被相続人に対する相続に関する遺言をさせ、またはその撤回・取消・変更をさせた場合

  (5)相続に関する被相続人の遺言を偽造・変造・破棄・隠匿した場合

第2 廃除(民法892条ないし895条)

   遺留分(遺言によっても侵せない推定相続人の相続分)を有する推定相続人が、被相続人に対して、虐待、重大な侮辱等の著しい非行を行った場合、被相続人は、家庭裁判所の調停・審判または遺言によって、上記推定相続人の相続権を奪うことができます。

相続人の種類・順位・相続分(2009年4月14日)

 今日から相続問題について扱います。当事務所でも相続問題についてのご相談も多いのですが、相続の基本的なところを誤解しておられる方が意外に多くいらっしゃいますので、相続に関する基本的な知識についてご説明します。

 1 相続人の種類

   相続人について、民法は、以下の2つの類型に分けて規定しています。

 (1) 第1類型(民法887条、889条)

    @被相続人(相続財産を有する者)の子、または、その代襲者(例えば、被相続人の孫、ひ孫)。被相続人の子には、婚姻外で生まれた子(非嫡出子)も含みます。)

    A被相続人の直系尊属(例えば、被相続人の両親、祖父母)

    B被相続人の兄弟姉妹またはその代襲者(兄弟姉妹の子)

 (2) 第2類型

    被相続人の妻(民法890条)

 (3) 胎児(民法886条)

    胎児は、相続については、すでに生まれたものとみなされます。そこで、胎児が生きて生まれると、胎児の時点にさかのぼって相続資格を有していたことになります。

 2 順位

   被相続人の妻は、第1類型の相続人と同順位で相続人となります。つまり、被相続人の妻は常に相続人となるのです。

   そして、第1類型の中では、優先順位の高い者から、@被相続人の子、代襲者、A被相続人の直系尊属、B被相続人の兄弟姉妹、その代襲者となります。

 3 相続分

   被相続人が遺言書を遺すなどしていなかった場合のために、民法900条は、各相続人が取得すべき相続分について定めています。

   つまり、民法900条によると、@配偶者と子が相続人であるときは、配偶者1/2、1/2、A配偶者と直系尊属が相続人であるときは、配偶者2/3、直系尊属1/3、B配偶者と兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者3/4、兄弟姉妹1/4となっています。

     なお、非嫡出子の相続分は、嫡出子(婚姻関係にある夫婦の子)の相続分の1/2とされています。

採用内々定取消(2009年4月13日)

 例年よりは暖かい日が続いています。

 さて、次回で労働問題は一応終了しましたが、本日珍しい労働審判例が出ましたので、ご紹介します。

 つまり、時事通信によりますと、福岡市内の不動産会社から内々定を取り消されたことを理由に、同社に対して慰謝料等105万円の損害賠償を求めた労働審判で、福岡地裁は、内々定の取消は違法であるとして、同社に対して解決金75万円の支払いを命じたとのことです。

 以前、内定取消問題について言及し、内定取消は、労働契約は成立しているので、場合によっては企業側に損害賠償支払義務が生じる旨ご説明したことがあります。

 しかしながら、内々定は、内定の一歩手前であり労働契約は成立していないとみるのが相当であると考えます。そうであるとすると、原則として、企業側は一般的な損害賠償責任(履行利益を侵害したことに基づく損害賠償責任)を負わないと考えるのが通常であると考えます。

 もっとも、学生側がどの程度企業側に拘束されていたのか不明です。企業側が内定者と同程度に企業側に拘束されていたなどの事情がある場合には、内定取消に準じて損害賠償責任が発生する可能性はあると思います。

 いずれにしろ今後の労働審判例及び裁判例の動きが注目されるところです。

個別労働事件の解決手段(2009年4月3日)

 弁護士日記を3日連続で執筆することになりました。3日連続で執筆できるのは奇跡です。

 今日は、労働紛争に直面した労働者の方が、どのようにそれを解決していけばよいかという点に関し、相談窓口や紛争解決手段についてご説明します。

1 労働相談情報センター・労働事務所・労働センター等への相談

  各都道府県においては、労働関係に関する事務を処理するために、行政機関を設けているところがあります(地方自治法156条1項)。その行政機関は、地方自治体によって「労働情報センター」、「労働事務所」、「労働センター」等様々な名称を付されていますが、神奈川県では「労働センター」、東京都では「労働情報センター」という名称を用いています。

 ちなみに、神奈川県では、使用者と話し合う場合、事前に問題点を整理し、「労働センター」に相談すれば、状況に応じたアドバイスをしていただけるとのことです。

2 弁護士会のあっせん・仲裁制度

  弁護士会の中には、市民間や会社と市民間に紛争が生じた場合に、弁護士経験10年以上のベテラン弁護士があっせん・仲裁人となって当事者間の話し合いで紛争を解決したり、当事者があっせん・仲裁人を信頼して仲裁合意をした場合は、仲裁人の仲裁判断によって紛争を解決する手段を設けているところがあります。

 神奈川県では、横浜弁護士会あっせん仲裁センターが設けられています。

3 労働基準監督署への相談

  使用者が労働法規に違反する行為を行った場合、労働基準監督署が使用者に対して、法違反の指導・監督等をする場合がありますので、労働基準監督署に相談することも1つの紛争解決方法です。

4 民事調停

  簡易裁判所で行われる手続きです。労働者からの調停申し立てがあると、裁判所は、調停期日を決めて相手方使用者を呼び出し、双方の合意ができるかどうか、調整の努力をしてくれます。

 もっとも、民事調停は、あくまでも当事者双方の合意が必要ですので、双方の言い分が平行線をたどった場合には、民事調停で解決することはできません。

5 労働審判

  個別労働関係民事紛争に関して、労働審判委員会が事件を審理し、調停を試み、調停が成立しない場合には労働審判を行う手続きです。この手続きの特徴は、原則3回以内の期日で審判を終結するという迅速性にあります。

6 通常訴訟の提起

  地方裁判所(訴額140万円を超える場合)あるいは簡易裁判所(訴額140万円以下の場合)に対して、訴えを提起し、当事者双方が自己の言い分や証拠を出し合い、裁判所に最終的な判断を委ねる手続きです。

 なお、労働審判と通常訴訟のどちらを選択すべきか迷うことがあると思いますが、一般的に、解雇無効を争うような労使双方の意見が真っ向から対立することが予想される事件は、労働審判にはなじまないとされています。

7 少額訴訟の提起

  請求額が60万円以下の場合、簡易・迅速な解決を図ることを目的とする少額訴訟制度があります。この制度は、原則として1回だけの審理で結論を出してもらえます。

 今回で労働問題についてのご説明は終了させていただきます。労働問題については、本日までにご説明したテーマ以外にも様々な問題がありますが、それらのテーマについては、機会があれば取り上げさせていただきます。

 次回からは、相続問題を取り上げる予定です。

【参考文献】

1 「新労働事件実務マニュアル」(東京弁護士会労働法制特別委員会:編著、ぎょうせい)312頁ないし315頁

2 「2008労働手帳」(神奈川県商工労働部労政福祉課)23頁 

  

整理解雇(2009年4月2日)

 今日は快晴で、明日からは暖かくなるという予報ですので、桜が満開になることを期待します。

 さて、今日は、整理解雇についてご説明します。

1 整理解雇とは、企業が経営の悪化を理由に、経営上必要とされる人員を削減するために行う解雇のことをいいます。

  整理解雇は、労働者の個人的な傷病や非違行為など労働者側の事情による解雇ではなく、使用者の経営上の理由による解雇である点で、解雇権濫用法理の適用においてより厳しく判断すべきものと考えられています。具体的には、以下に述べる4つの要件を満たしたときだけ「合理的な理由がある」とされています。

2 整理解雇の4要件 

(1)人員削減に十分な必要性があること

  不況や経営危機などによって人員削減をしなければ会社経営が成り立たなくなるという経営上の十分な必要性に基づいていなければなりません。この場合の必要性の程度は、営業状態、資産状況、人件費の動向、人員配置などから判断します。

(2)解雇を回避する努力義務を十分尽くしたこと

  労働時間短縮、配転、出向、一時帰休、新規採用の停止、希望退職の募集など、解雇を回避する努力義務を十分尽くしたことが必要です。

(3)解雇対象者の選定が公正・妥当であること

  解雇対象者を客観的、合理的な基準に基づいて公正に選定する必要があります。この基準としては、勤務成績など労働力評価、勤続年数など企業への貢献度、家計への打撃など労働者の生活への配慮等があげられます。

(4)労働組合・労働者に対して説明・協議手段を尽くしていること

  労働組合または労働者に対して、整理解雇の必要性と人員削減の内容(時期・規模・方法)について労働者の納得を得るために十分説明し、誠意をもって協議する必要があります。

【参考文献】

1 「労働法第8版」(菅野和夫著、弘文堂)458頁ないし461頁

2 2008年労働手帳(神奈川県商工労働部労政福祉課)76頁

解雇権濫用法理(2009年4月1日)

 今年になってやっと2度目になります。いつのまにか新年度に入ってしまいました。

 ところで、平成21年3月31日付け日経新聞夕刊によりますと、2月の完全失業率は前月比0.3パーセント上昇し、4.4パーセントとなり、雇用削減の動きが非正規社員から正社員に波及しているとのことです。したがって、解雇というテーマは、ホットなテーマとなっています。そこで、今回と次回に分けて、解雇についてご説明します。

1 まず、解雇とは、使用者の意思で労働契約を一方的に終了させることをいいます

2 労働基準法における解雇の予告義務

(1) 使用者は、原則として、労働者に対し、少なくとも30日前に解雇を予告しなければなりません。これに対し、使用者が、労働者を即時に解雇する場合には、予告手当として30日分以上の平均賃金を支払う必要があります(労働基準法20条1項)。

 ただし、解雇予告義務の規定は、@日々雇い入れられる者(1か月を超えて継続勤務する者を除く)、A2か月以内の契約で雇われている者(期間を超えて引き続き使用されている場合を除く)、B勤務し始めてから14日以内の試用期間中の者、については適用されません。

(2) では、使用者が解雇予告義務に従わないで解雇した場合、その解雇の効力はどうなるでしょうか。

 この点につき、最高裁は、即時解雇としての効力は生じないが、使用者が即時解雇に固執する趣旨でないかぎり、解雇通知後30日の期間を経過するか、または通知の後に予告手当の支払いをしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力が生じるとしています。

3 解雇権濫用法理

(1) 労働契約法16条は、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とすると規定しています。

(2) この場合の、「客観的に合理的な理由」としては、@労働者が労務につかなかったり、労働をする能力がなくなったり、仕事に対する適格性を喪失した場合、A労働者が規律違反を行った場合、B経営上の必要性に基づく場合(整理解雇については次回ご説明します)、Cユニオンショップ協定(労働組合に入っていない労働者を雇用しないか解雇することを労働協約で約束すること)に基づく組合の解雇要求などが考えられます。

 また、「社会通念上の相当性」とは、解雇の事由が重大な程度に達しており、他に解雇回避の手段がなく、かつ労働者の側にやむを得ないと認めるべき事情がほとんどない場合をいいます。

4 解雇通告を受けた場合の注意点

 解雇通告を受けた場合、大切なことは、使用者に対して、内容証明郵便などで就労意思があることを明確に表示しておくことです。後で争えばいいと考えて、解雇通告に従ったかのような行動をとってしまうと、退職勧奨に応じたとみなされ、後日訴訟等で争う場合に不利になるおそれがあるので注意してください。

 また、解雇の予告をされた日から退職する日までの間に、使用者に対して、解雇理由証明書を交付するよう請求しておきましょう(労働基準法22条2項)。この解雇理由証明書があると、使用者は、労働審判や民事訴訟などにおいて、証明書に記載している理由とは異なる解雇理由を主張することが困難となるからです。

5 解雇期間中の賃金

  客観的に合理的理由のない解雇を行った使用者は、当該労働者が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金を支払う義務があります。

6 損害賠償請求

  解雇が権利濫用にあたる場合には、不法行為に基づく損害賠償請求をすることは可能です。

【参考文献】

1 平成21年3月31日付け日経新聞夕刊

2 「労働法8版」(菅野和夫著、弘文堂)444頁ないし457頁

労働契約の終了(2009年1月13日)

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 さて、年始のご挨拶も大変遅くなりましたが、前回、弁護士日記を書いてから1か月半程度の間に、雇用情勢は極めて悪化しています。

 弁護士日記の順番としても、これからは労働契約の終了に関する問題を取り上げていきたいと思います。そこで、今日は、解雇以外の労働契約の終了事由についてご説明します。

 解雇以外の労働契約の終了事由としては、@期間の定めのある労働契約における期間の満了、A合意解約、B辞職があります。

1 期間の定めのある労働契約における期間の満了

  労働契約で期間を定めている場合には、労使双方が、当初の労働契約でいつからいつまでの間勤務するということに合意をしている訳ですから、その期間の満了によって労働契約は終了するのが原則です。

 しかし、労働契約で定められた期間が経過しても、労働者が勤務していることに対して、使用者が異議を申し立てたりしなければ、労働契約が黙示に更新されることになります(民法629条)。

2 合意解約

  労使間が労働契約を将来に向かって解約をするという合意をすることであり、これによって労働契約は終了します。

  合意契約は、後日ご説明する予定の解雇ではありませんので、解雇に関する労働基準法及び労働契約法の規定は適用されません。もっとも、合意解約がなされたときに、使用者から強迫されたとか、騙されたような事情がある場合には、民法によって救済される可能性はあります。

 なお、下級裁判所の裁判例によりますと、合意解約の申し込みである依願願は、使用者の承諾がなされるまでの間は撤回できるとされています

3 辞職

  これは、労働者が労働契約を解約する旨の意思表示をすることです。期間の定めのない労働契約の場合と、期間の定める労働契約の場合とで、辞職の取り扱いが異なります。

 (1) 期間の定めのない場合

    原則として、労働者は、2週間前に予告をすれば、解約を正当化する理由がなくても、いつでも労働契約を解約することができます(民法627条1項)。

 (2) 期間の定めのある場合

    やむことができない事由ががあるときには、労働者は、直ちに労働契約の解除をすることができます。しかし、その事由が労働者か使用者の一方の過失によって生じたときには、その相手方は、その一方に対して損害賠償請求をすることができます(民法628条)。

 なお、労働者の一方が辞職の意思表示をした場合、その意思表示が使用者に到達した時点で効力を生じますので、合意解約と異なり、撤回することはできません。ただ、この場合でも、強迫等の事情があれば、民法によって救済される可能性がある点は、合意解約の場合と同様です。

【参考文献】

「労働法第8版」(菅野和夫著、弘文堂)426ないし429頁参照)

 次回からは、解雇に関する問題をご説明します。

採用内定取消(2008年11月29日)

 前回の日記からすでに1か月以上が経過してしまいました。「日記」は形骸化し「月記」になろうとしています。

 さて、昨今の金融危機に端を発する不況により、大学生の採用内定取消が社会問題化しそうになっておりますので、今日は、この点についてご説明します。

1 採用内定の法的性質

  採用内定の取消がどのような法的効果を有するかは、採用内定がどのような法的性質を有しているかという点に関わっています。この点、最高裁判所は、企業が採用予定者に対して、採用内定通知書を発信したときに企業と採用予定者との間には、労働契約が成立しますが、採用内定通知書または誓約書に記載されている採用内定取消事由が生じた場合や、採用予定者が卒業できなかった場合などには、企業は労働契約を解除できるとする解除権留保付始期付労働契約であると解しています。簡単に言うと、内定により労働契約は成立するけれども、一定の事由があれば解除できるというものです。

2 採用取消の適法性

  上記解除権留保付始期付労働契約説によると、内定通知書発生時に労働契約は成立していますので、企業側が労働契約を解除するためには、客観的に合理的で社会通念上相当と是認できる事由が必要になってきます。

 そこで、近時の経営難を理由とする内定取消が客観的に合理的で社会通念上相当と是認できる事由にあたるかどうかが問題となります。この点については、最高裁判所判例もないので、あくまでも私見の域を出るものではありませんが、企業側に、採用内定通知書を発送した時点で予測できないような重大な経済状態の激変がないかぎり、客観的に合理的で社会通念上相当と是認できる事由には当たらないと考えます。したがって、上記のような特殊事情がないかぎり、採用内定の取消は違法となると考えます。

3 採用内定取消と損害賠償

  採用内定取消が違法となる場合、労働者は、使用者の誠実義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求または期待権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求が可能です。

4 採用予定者側からの解除

  参考のために申し上げますと、この場合、労働者には解約の自由が認められていますので(民法627条)、少なくとも2週間前に予告をすれば、自由に採用内定の取消をすることができます。ただし、採用内定者の取消が、社会通念上信義に反する態様でなされた場合には、債務不履行責任または不法行為責任が発生する可能性があります。

【参考文献】

「労働法第8版」菅野和夫著、弘文堂130頁ないし133頁

有給休暇(2008年10月28日)

 前回の弁護士日記を書いてから、もう1月以上経過してしまいました。そのため、ブログの作成方法を忘れかかっていました。

 この1か月の間に、アメリカのリーマンブラザーズの経営破綻に端を発した不況は日本にまで及び、現在、日本は底の見えない株安と円高にあえいでいます。このままだと労働者の方に悪影響が及ぶのは火を見るよりも明らかです。

 今日は、年次有給休暇についてご説明します。

1 年次有給休暇とは、所定の休日以外に、労働者が自分の休みたい日に有給で休める制度のことをいいます。この制度は、労働者の健康で文化的な生活を実現するための制度です。

2 付与日数

  年次有給休暇の権利は、労働者が6か月間継続して勤務し、就業規則等で定められた全労働日の8割以上出勤した労働者は、10日間の年休を取ることができるというものです。それ以降は、最初の有給休暇発生のときから2年間は1年継続するごとに1日ずつ、それ以降は2日ずつ増えていき、最高20日まで使用者は労働者に年休を与える必要があります。

 なお、年休の時効期間は2年間なので、労働者は、その年に残った分は翌年でも取ることができます

3 時季変更権

  労働者が年休を取るには前もって休む日を申し出る必要があります。しかし、使用者は、休む理由によって休暇を与えないことはできません。ただし、使用者は、事業の正常な運営を妨げる場合には、年休の時季を変更することができます。

4 パートタイム労働者の年休日数

  パートタイム労働者(所定労働時間ないし日数が通常労働者より短い労働者)の年休については、所定労働日数が、週4日ないし年216日をこえる者または週4日以下でも所定労働時間が週30時間以上の者は、通常の労働者と同じ日数となります。なお、週4日以下・週30時間未満の者または年216日以下の者は、所定労働日数に応じて年休を取ることができます。

【参考文献】

1 2008年労働手帳 44、45頁

2 「労働法第8版」(菅野和夫著、弘文堂)301ないし316頁

最低賃金改定(2008年9月25日)

 最近、極めて多忙であるため、気がつくと前回の弁護士日記からかなりの日が経過していました。

 もう10日ほど前に、朝日新聞(2008年9月13日付け)に、厚生労働省が、最低賃金の改訂についての答申結果をまとめた旨の記事が掲載されていました。

 具体的には、最低賃金の全国平均の引き上げ額は、前年度を2円上回る16円となり、15年ぶりの大幅な増額となったそうです。そして、改訂後の平均最低賃金は、時給703円で、初めて700円台にのったということです。

 ちなみに、神奈川県は、東京都と並んで766円で全国1位ですが、私の生まれ故郷である愛媛県は631円です。時給で100円以上も差があることを知って驚きました。

名ばかり管理職パート2(2008年9月12日)

 先日、名ばかり管理職についてご説明しましたが、厚生労働省は、9月9日、「チェーン展開する飲食・小売業の店長らを対象に、管理監督者にあたるかどうかの具体的な判断基準を示す通達を全国の労働省に出した。」ということです(2008年9月9日付け朝日新聞夕刊)。

 厚生労働省は、「管理監督者性を否定する重要な要素」、「否定する補強要素」として、以下のような具体例を列挙しています。

1 職務内容及び権限

  (1)重要な要素

    ア  パートやアルバイトなどの採用権限がないこと

    イ  パートらに残業を命じる権限がないこと

2 勤務時間

  (1)重要な要素

    遅刻や早退をした場合に減給などの制裁があること

  (2)補強要素

    長時間労働を余儀なくされるなど、実際には労働時間の裁量がほとんどないこと

3 賃金

  (1)重要な要素

    時間あたりの賃金がパートらを下回ること

  (2)補強要素

    役職手当などが不十分なこと

4 私見

  前回のブログでは、通説や裁判例の基準によると、労働基準法上の管理監督者に該当する場合はほとんどないのではないかと申しました。これに対して、今回の通達内容では、管理監督者に該当する範囲が拡大し、場合によっては、通説や裁判例の基準によれば「名ばかり管理職」とされる人たちが、労働基準法上の管理監督者に該当する可能性が出てくるように思います。つまり、「名ばかり管理職」が保護される範囲が限定されるようになると思います。

 

名ばかり管理職問題(2008年9月8日)

 今日は、最近ホットな問題となっている「名ばかり管理職」問題についてご説明します。

 労働基準法上の管理職に該当すると、労働基準法第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定が適用されなくなります(労働基準法41条)。そのため、労働基準法上の管理職は、原則として、残業をしても休日出勤をしても残業手当や休日出勤手当をもらえなくなります。「名ばかり管理職」とは、会社が、労働基準法上は、管理職とは認められないにもかかわらず、社員を名目上管理職とすることによって会社の経費を抑えようとしたことにより、「名ばかり管理職」の残業手当や休日出勤手当の支払いを不当に免れようとしたことから問題となったものです。

1 労働時間・休憩・休息原則の適用除外

  労働基準法は、前述したとおり、41条で、@農業、畜産、水産業に従事する者、A管理・監督者、B監視・断続労働従事者について、労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しない旨規定しています。

2 管理・監督者(労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」

  管理監督者については、通説及び裁判例は、@経営者と一体的な立場にあること、A労働時間を管理されていないこと、B一般社員よりも報酬が高く、管理職にふさわしい待遇を得ていること、という3つの要件を満たすことを要求しています。これらの要件を満たす場合には、一般社員よりも優遇されているので、労働時間、休憩及び休日の点で一般社員と区別されても不合理ではないからです。

 しかしながら、この3つの要件を満たす管理職は、ほとんどいないと考えられ、多くの「名ばかり管理職」が残業手当や休日出勤手当を支払ってもらっていないようです。また、原則として残業の規制もないため過労死に追い込まれた「名ばかり管理職」もおられるようです。

【参考文献】

1 「労働法第7版補正2版」(菅野和夫著、弘文堂)243ないし244頁

2 「名ばかり管理職」(NHK出版、生活人新書)

 

休日(2008年9月5日)

 9月に入ってから残暑が厳しくなってきました。

 さて、今日は、休日についてご説明します。

1 休日の意義

  休日とは、「労働者が労働契約において労働義務を負わない日」のことです(後掲菅野「労働法第7版補正2版239頁)。

2 週休制の原則

  休日に関し、労働基準法35条1項は、使用者は、労働者に対して、毎週少なくとも1回の休日を与えなければならないと規定しています(週休1日制の原則)。

 もっとも、同法2条は、使用者は4週間を通じて4日以上の休日を与えれば、週休1日制の原則の適用を受けないと定めています(変形週休制)。

3 休日振り替え

  使用者は、急な仕事が入ったとかの理由で、労働者の休日を変更する必要が出てくる場合があります。その場合、使用者は、就業規則や労働契約などに根拠がある場合には、休日を振り替えることができます。ただ、その場合、事前に振り替えるか事後に振り替えるかで扱いが異なってきます。

 まず、事前に振り替える場合は、本来の休日に労働をすることは、通常の労働日の労働となりますから、原則として、労働基準法上の休日労働のための労使協定(労働基準法36条)を行うことを要しませんし、使用者は、労働者に対して、割増賃金(同法37条)を支払う必要はありません。

 これに対して、使用者が事後に休日振り替えを行う場合、すなわち、本来の休日に仕事をさせ、後日、労働者に代休を与える場合には、本来の休日に仕事をさせたのですから、使用者は、三六協定による休日労働の規定(労働基準法33条1項、36条)に従うことを要し、労働者に対して、割増賃金を支払う必要があります。

【参考文献】

「労働法第7版補正2版」(菅野和夫著、弘文堂)238頁ないし243頁

休憩時間(2008年8月28日)

 8月も残りわずかになってきました。子どもたちにとっては、夏休みの宿題の追い込み時期でしょうか。ちなみに、私は、小中学校のころは、夏休みが終了したあと(つまり9月1日以降)が夏休みの宿題の追い込み時期だったような記憶があります。

 さて、今日は、休憩時間についてご説明します。

1 休憩時間の意義

  休憩時間とは、労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間のことをいいます。

 ひょっとすると、職場によっては、昼休みなどに電話番をさせられているかもしれません。しかしながら、休憩時間においては、労働者は労働から完全に解放される必要がありますので(休憩時間自由利用の原則、労働基準法34条3項)、昼休みの電話番などは、この休憩時間自由利用の原則に違反します。

2 休憩時間の長さ

  休憩時間の長さは、1日の労働時間が6時間を超える場合は45分以上8時間を超える場合は1時間以上必要です。

 なお、休憩時間は労働時間の途中に与えればよく、分割して休憩時間を与えることも可能とされています。

3 休憩時間一斉付与の原則

  労働者が他の労働者に気兼ねなく休めるようにするためなどの理由から、使用者は、労働者に対して、一斉に休憩時間を与えなければなりません(労働基準法34条2項本文)。もっとも、事業場の労使協定に定めがある場合には、一斉に与えなくてもよいとされています(労働基準法34条2項但書)。

【参考文献】

 「労働法第7版補正2版」(菅野和夫著、弘文堂)234ないし238頁

労働時間(2008年8月27日)

 ここ数日、秋のような天候でしたが、今日は、少し夏らしさが戻ってきました。

 ところで、これからしばらくの間、労働時間と休憩・休日についてご説明します。今日は、労働時間についてです。

1 労働時間

  労働時間とは、始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を除いた時間のことをいいます。

2 労働時間規制の原則

  労働基準法で定められた1週及び1日の最長労働時間のことを法定労働時間といいます。

  そして、労働基準法では、使用者は、労働者に、休憩時間を除いて、1週間につき40時間を超えて労働させてはならないと定められています(労働基準法32条1項)。

  また、同法では、使用者は、労働者に、休憩時間を除いて、1日につき8時間を超えて労働させてはならないとも定められています(労働基準法32条2項)。

  このように、週40時間制、日8時間制が原則です。

3 法定労働時間の法的効果

  まず、使用者が法定労働時間を超えて労働者に労働させた場合には、時間外労働の要件を満たさない限り、使用者には罰則の適用があります。

  また、使用者が労働者との間で、法定労働時間を超える労働をさせるという合意をした場合でもその合意は無効となります。そして、法定労働時間内にとどまるよう修正されることになります。 

  さらに、使用者は、労働者に対して、時間外労働の要件を満たせば(三六協定の締結と届け出)、法定労働時間を超えて時間外労働をさせることはできます。その場合、使用者は、労働者に対して、1.25倍の割増賃金を支払わなければなりません。

【参考文献】

1 「労働法(第7版補正2版)」菅野和夫著、弘文堂231ないし234頁

2 「実務労働法講義上巻」岩出誠著、民事法研究会215、216頁

休業手当(2008年8月15日)

 最近、小林多喜二氏が書かれた小説「蟹工船」が広く読まれているということで、私も読んでみました。内容は、船に乗って蟹を捕獲し、蟹の缶詰を作る作業員として雇用されている労働者たちが、使用者から人間扱いされず、苛酷な労働を強いられていたところ、それに耐えかねた労働者たちが労働条件の改善を求めて立ち上がるというものです。最近の書評などでも言及されていますが、現在の非正規雇用の方たちの労働条件が過酷であるために、「蟹工船」のような小説が広く読まれているのだそうです。

 さて、今日は、休業手当について、簡単にご説明します。

 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業時間中、当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払う必要があります。

 この場合の「休業」とは、労働者が、労働契約上の労働義務のある時間について労働をなしえなくなることをいいます。

 また、「責に帰すべき事由」とは、使用者に故意や過失などがある場合だけでなく、使用者の帰責事由とならない経営上の障害も天災事変などの不可抗力に該当しなければ、それに当たるとされています。

 そして、休業手当支払義務を生ぜしめる休業の事由としては、機械の検査、原料の不足、流通機構が円滑に昨日しなかったために資材を入手するのが困難になったこと、監督官庁の勧告による操業停止、親会社の経営難のための資金・資材の獲得困難などが考えられます。

【参考文献】

「労働法(第7版補正二版)」(菅野和夫著)弘文堂214,215頁

賃金等の消滅時効期間(2008年8月14日)

 暑い日が続いています。

 さて、今日は、賃金等の消滅時効期間についてご説明します。

 まず、賃金請求権の消滅時効期間は2年です。

 また、退職手当請求権の消滅時効期間は5年です。

 一般の債権の消滅時効期間が10年であるのに対し、賃金や退職手当はそれよりもかなり短い消滅時効にかかってしまいます。ですので、賃金や退職金の不払い等で悩んでおられる方は、早急に弁護士に相談した方がよいでしょう。